CEO STORY
代表メッセージ・
インタビュー
代表取締役社長
應本 一樹
それぞれの挑戦。
キャリオンの新たな歴史を作るは、
一人ひとりの挑戦だ
「これまでの歴史の上に立ち、新たな挑戦を始めよう。
私たちが生み出すのは、まだ誰も見たことがないキャリオン。
誰かが望んでくれるこれからのキャリオンを、私たち自身の手で創っていこう。」
タイトルも含め、これは2018年の創立50周年記念誌に掲載した文章です。私が社長に就任し、目指したのはそんな会社の未来でした。
あれから数年が経過し、一人ひとりの挑戦は、それぞれの学びにつながり、大きな貢献となり、会社の安定的な成長を支えてくれています。
みんな個性は違っていてもいい。立場や役割、経験値も異なるので、見ているところが違うのも当たり前。
でも全体では同じ目的や目標を目指し、まとまりのあるチームにしていきたい。
だからこそ、相手を尊重し、相手に配慮できる人であってほしいと思います。
SCHOOL DAYS
学生時代の思い出
高校時代はテニス部でした。大学は県外に出たくて、関東の大学に進みました。今思うと本当に自由すぎる環境で、東京ドームの地下にある駐車場でアルバイトをしていました。野球の場合、忙しさのピークは試合前と試合後の2回だけで、その間は自転車で駐車場内を巡回するだけ。VIP対応もあり面白かったですね。
当時、父からは「一生の友達をつくれ」と言われていたのですが、大学時代に知り合った友達はIターン就職でキャリオンに入社してくれて、今も一緒に頑張ってくれています。
3代目としての想い
創業者である祖父が急逝したとき、私はまだ7歳で、それまでの祖父の苦労や、突然社長を継いだ父がどんな状況だったのか、当時はよくわかっていませんでした。ただ、父は祖父から「目くばりが足りない、気くばりが足りない」とよく叱られていたそうで、それが会社の社訓となりました。創業50周年を機に私は33歳で社長に就任し、周りからも早いと言われましたが、その後、コロナ禍で人との接触が制限された際、今後どうすべきか、とても迷いました。
でも、トラックを運転するドライバーも、営業先の経営者も、トラックの整備や修理を行うのも、すべて「人」。「人」との関わりを諦めてはいけない、という思いから、経営理念につながる「人と人を結ぶ」というキーワードが生まれました。
したがって、家業を継ぐという内向きの視点よりも、地域や社会に目を向け、必要とされる存在になるために、みんなで頑張り続けよう(carry on)という気持ちの方が今は強いです。
社長就任前後のギャップ
就任前
父の発案により、社内では2014年から「プロジェクト2018」という事業承継と世代交代に向けた新しい取り組みが始まりました。部門横断的な30代のメンバー数名で集まり、ミーティングを重ね、今後の課題や重点取り組み事項について考えたり、管理者としての研修を受けてきました。この経験により、社長が交代するだけではなく、みんなが経営に参画している、という意識が根付いた気がします。
就任後
それまで関わっていた営業の仕事を継続しつつ、営業活動の延長線上のイメージで、新卒採用などの企業ブランドの構築などに注力してきました。しかし、人事制度などの仕組みづくりや金融機関との関わりなどは、これまであまり経験がなかった仕事も多く、あらためて社長業の幅の広さに最初は戸惑いました。今は外部の方々にも協力を仰ぎながら、組織全体をバランスよく眺め、現場に任せることは任せ、経営者としての仕事を優先し、意思決定するように心がけています。
若手社員に
期待していること
考えすぎず、まずは動いてみよう。
走りながら答えを見つければいい。
「やりたいことがわからない」、「自分にできるか自信がない」など、考えすぎると何も進みません。キャリオンの行動基準は下記の4点を文章化した、「自分らしくやってみよう、ありがとうのためになんとかしよう」です。
実際に、当社のビジョントラックも、まず作ってみようという気持ちから、LEDの会社を探し、コラボして生まれ、活用領域が広がっています。
- 自分の強みを自覚し、
それを発揮する - 目的を持ち、
その実現のためにやってみる - 周りの方々と信頼関係を築き、
感謝の気持ちを持つ - できる方法を探し、
粘り強く取り組む
今後へのTry
新工場設立に向けて
これまでの古い工場のイメージといえば、3K(きつい、汚い、危険)に代表されるような環境ですが、新工場では環境面でも、デザイン面でもそうしたイメージを払拭して、なるべく工場っぽくない設備にしていこうと思っています。
整備の負担軽減はもちろん、ドライバーの方々に対しても待合室には個室を用意し、屋上も開放し、整備や修理中の時間だけでも、心のゆとりを感じられるような空間を作ろうと思っています。
また、今回、営業と整備が初めて同じ空間で仕事をすることになるので、「心と仕組みの壁」を取り除き、新工場を「最高のチーム」で迎えるために、「One Team 変革プロジェクト」に取り組んでいます。
報連相を含めた情報共有にはいつも苦労していますが、誰のために、何のためにやっているのかという本質や原点を忘れないように、お互いに協力し合うことが大切だと思っています。
PERSONAL LIFE
休日の過ごし方
私が小学3年生の頃、サッカーのJ1リーグが始まり、大学生の頃、地元にファジアーノ岡山というチームが生まれました。サッカー好きの同級生たちとよく話題にしていて、地元に帰ったら、スポンサーになれたらいいなという話もしていました。
私には息子がいるのですが、ファジアーノの試合には、よく一緒に行っています。試合のときにも彼は数年分の選手名鑑を持ち歩き、サッカー選手についてはかなり詳しいです。
また、コロナ禍から家族でキャンプに行き始め、いまでも年に数回、近場の大山や蒜山、牛窓などに、同業者の複数の家族で行っています。仕事では立場上、表に立ちますが、キャンプでは、設営や片付けなどサポート的な役割が多いです。本来は二番手、黒子の役割の方が好みで、人が喜ぶ姿を見るのが好きなんですよね。
個人的には中学時代から格闘技が好きで、それもあって関東の大学を選んだのですが、中でもプロレスが好きです。社長就任後、LOCKUPというレンタカー事業の関連会社を設立しましたが、ロックアップというのはプロレス用語で、試合序盤にお互いが手や腕を組み合う状態のことなんです。プロレスは、いかに観客を楽しませるかが重要なので、相手の技をどう受け止めるか、どうしたらそれが綺麗に見えるか、あうんの呼吸で次の技にどう移るか、私たちのビジネスと一緒で、自分一人だけの視点では成立しないんです。